2010.06.03 Thursday
●シーボルトの愛した日本人女性楠本瀧は、遊女であったとも商家の娘であったともいわれている。彼女はシーボルトとの間に女児、イネをもうけた。イネは日本人初の蘭学を学んだ産科学者となった。「オランダおイネ」と呼ばれて彼女は成長した。
某月某日(できれば●pumpkin「刈米義雄の季節あしらい」のこんな楽しい裏話。小雨降る朝、路上で発見したこの直物は何でしょう?とかく雑草と呼ばれてひとくくりにされている路傍の草ですけれど...?などもお読みください)
長崎・出島でシーボルトと暮らした楠本瀧は出島の娼妓であったとする説と、近隣の由緒ある商家の娘であったとする2説がある。
出島には一般人は出入りできなかった時代。
瀧は17歳であったとされる。
シーボルトも20代後半。
2人の間に生まれたイネ(掲載図)は「オランダおイネ」と呼ばれ、差別や蔑視の環境下、オランダ医学を学び、日本人初の西洋医学を学んだ産婦人科医となった。
帰国後、シーボルトは日本在来種の紫陽花に「オラクサ」の文字を欧州での学会で入れようとした。
わずかな時期の不運からそれは実らなかった。
日本の誇る植物学者牧野富太郎が、シーボルトが登録しようとした「otakusa」を「お瀧さん」の呼称であるこをつきとめ、遊女の名を神聖な植物学の世界にはいりこませようとした不埒として糾弾したこともある。
しかし、あの激動の時代、世界中の歴史のうねりのなかで、1人の男と1人の女が出会い、子供をもうけ、離別し、男は国外退去となり、禁制品の日本地図持ち出しのため2度と日本の地をふむことを禁じられ、欧州の地で彼女の名を「紫陽花」にとどめようとしたことがボクを感動させる。
歴史のさらなる変動の中、鎖国のとけた日本にもどり、彼は瀧とイネ親子に再会するが、人生は女たちにさらなる複雑な感情を体験させる。
.........................
紫陽花は恋情を秘めた花でもある。
「水をたたえた器」であると同時に「愛をたたえた器」でもあったのだ(to be continued...).
*掲載図はwikipediaより使用。
長崎・出島でシーボルトと暮らした楠本瀧は出島の娼妓であったとする説と、近隣の由緒ある商家の娘であったとする2説がある。
出島には一般人は出入りできなかった時代。
瀧は17歳であったとされる。
シーボルトも20代後半。
2人の間に生まれたイネ(掲載図)は「オランダおイネ」と呼ばれ、差別や蔑視の環境下、オランダ医学を学び、日本人初の西洋医学を学んだ産婦人科医となった。

帰国後、シーボルトは日本在来種の紫陽花に「オラクサ」の文字を欧州での学会で入れようとした。
わずかな時期の不運からそれは実らなかった。
日本の誇る植物学者牧野富太郎が、シーボルトが登録しようとした「otakusa」を「お瀧さん」の呼称であるこをつきとめ、遊女の名を神聖な植物学の世界にはいりこませようとした不埒として糾弾したこともある。
しかし、あの激動の時代、世界中の歴史のうねりのなかで、1人の男と1人の女が出会い、子供をもうけ、離別し、男は国外退去となり、禁制品の日本地図持ち出しのため2度と日本の地をふむことを禁じられ、欧州の地で彼女の名を「紫陽花」にとどめようとしたことがボクを感動させる。
歴史のさらなる変動の中、鎖国のとけた日本にもどり、彼は瀧とイネ親子に再会するが、人生は女たちにさらなる複雑な感情を体験させる。
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紫陽花は恋情を秘めた花でもある。
「水をたたえた器」であると同時に「愛をたたえた器」でもあったのだ(to be continued...).
*掲載図はwikipediaより使用。
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「花塾」主宰者。映画、音楽、花、美術、酒、料理、オペラ、旅行が大好き。「花塾」の詳細は








